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えーと、今回はですね、チャプター17、まあ、「フローを見つける」っていうお話ですね。

えー、ある人の言葉が引用されてて、「このクレイジーなアクションの最中、ボールが飛んでて、時速100マイルみたいなスピードが出てるんだけど、でも、その中で、僕の中には静けさがあるんだ…ほとんど何て言うのかな、努力なしでルートを航行してるような感じ」っていう、まあ、スポーツ選手が言ってる言葉らしいんですけどね。

これって、すごい不思議な心の状態ですよね。なんか、何かに没頭しすぎて、周りの世界がほとんど意識から消えちゃうみたいな。時間の流れも全然気にならないし、仕事がすごく楽に感じられるっていう。ハンガリーの心理学者、ミハイ・チクセントミハイっていう人が、この状態に人が達すると、矛盾してるような二つの現象が同時に起こることに気づいたらしいんですよ。

一つは、仕事が急に楽に感じられるから、努力が減る。で、もう一つは、努力が減ってるのに、パフォーマンスが上がるっていう。不思議ですよね。まるで、エネルギーを消費する代わりに、この状態だとエネルギーが補充されるみたいな感じで、パフォーマンスが最高潮に達するんだって。チクセントミハイさんは、この心の状態を「フロー」って呼んだんですね。

フロー状態になるためには、まず、自分のスキルをちょっと伸ばすことで乗り越えられるような、適度なチャレンジが必要らしいんですよ。で、そのチャレンジを乗り越えたっていう、すぐ明確なフィードバックも必要。そう、自分の努力に対する報酬みたいなものですよね。チャレンジを乗り越える喜びが、またそれをやりたいっていう気持ちに繋がるんだって。

だから、仕事がフローを引き起こしやすいのは、障害物競走みたいになってる時、つまり、一連のチャレンジがあって、それぞれのチャレンジの後に、成功したことを確認できるフィードバックがある場合。このフィードバックが、努力に対する「ご褒美」みたいな役割を果たすってことですね。各チャレンジの緊張感がギアを上げて、最後のフィードバックがそれをまた下げる。チャレンジを征服した後の快感が、またやりたいっていう気持ちにさせる、と。努力とフィードバックの障害物競走を進むにつれて、精神状態は緊張と快感のリズミカルなサイクルでこう、上下するんですね。

で、知識労働の世界では、フローは一種のスーパーパワーみたいなものらしくて。常に最大限の効率で頭を働かせ続けるのって、普通はすごく疲れるじゃないですか。最適な状態を保つために、ギアを上げたり下げたりするのに、すごい努力が必要だから。でも、フロー状態だと、この上げ下げが、ほとんど努力なしに、自然に起こるような感じになるんだって。普通ならすごい努力が必要な仕事が、どうして急に少ない努力で、しかもより良くできるようになるのか?何がそうさせるのか?

えーと、2009年に、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のメディア神経科学の教授、ルネ・ウェーバーっていう人が、脳の驚くべき特徴に基づいて、この理論を考え出したみたいなんですよ。その特徴っていうのが、「リズム性」。多くの研究者が、脳を振り子の集まりみたいなものだと考えてるらしいんですね。大きい振り子もあれば、小さい振り子もあるし、速く動くものもあれば、ゆっくり動くものもある。記憶、注意、学習は、この振り子が脳のネットワーク全体に波及することで、起こるんだって。

で、振り子には、すごい性質があって、共通の土台から二つの振り子を並べて振ると、それが同期するっていうんですよ。コンサートの最後に、アンコールを求める拍手を想像してみてください。最初はバラバラで、みんな自分のリズムで拍手してるんだけど、いつの間にか、みんなのリズムが揃って、拍手がシンクロするじゃないですか。あれって、誰も意識的にやろうとしてるわけじゃないのに、自然に起こるんですよね。ウェーバーさんの理論は、この現象に基づいているらしいんです。

何かチャレンジを乗り越えようと努力すると、注意を司る脳のネットワークが活発に活動する。で、チャレンジを乗り越えたっていうフィードバックを受け取ると、脳の報酬ネットワークも同じように活動する。この二つのネットワークは、普段はそれぞれのリズムで活動してるんだけど、努力とフィードバックの障害物競走を繰り返すうちに、まるで拍手する手みたいに、自然に同期する。この状態こそが、フローなんだって。しかも、この同期は徐々に起こるんじゃなくて、コンサートの終わりの拍手みたいに、一瞬で起こるらしいんですよ。

で、物事が同期すると、不思議な現象が起こるらしくて。それは、効率が上がるってこと。コンサートの終わりの拍手を思い出してください。観客の拍手が同期すると、音量が大きくなるじゃないですか。同じ努力で拍手しても、より大きな音が出る。

同じように、脳の注意ネットワークと報酬ネットワークが同期すると、効率が上がるらしいんですよ。だから、フロー状態だと、同じ量の精神的な仕事をするのに、必要な努力が減る。わかりやすく言うと、お皿回しをしてる大道芸人を想像してみてください。お皿を足の指とか鼻とか、両手に乗せてバランスを取るのって、すごい大変じゃないですか。でも、全部のお皿が同じリズムで回り始めると、急にバランスを取るのが楽になる。

ウェーバーさんの理論だと、フロー状態の時に感じるエネルギーのブーストは、この効率の良さに根ざしてるらしいんですよ。脳をフロー状態にするには、まずギアを2に入れて、そこから、押し引きの力を繰り返すことで、持続的なスピンを作り出す必要がある、と。

じゃあ、このフローを、知識労働にどう応用できるかっていう話ですよね。

フローを、脳を勝手に推進する機械に変える、進化的に保存されたスイッチみたいに考えるのは、ちょっと安易かなって気もするんですけどね。フロー状態だと、コンフォートゾーンの限界を超えて自分を伸ばすことが、本質的に楽しく感じられるから、変化の激しい知識労働の現場で成功するための、すごく貴重なツールになることは間違いないですよね。

どんな仕事でも、フロー状態になる可能性を秘めているための、五つの重要な条件っていうのがあって。

1. チャレンジ: 何かチャレンジングなことを追求してる必要がある。
2. 明確な目標: どうやってチャレンジを進めていくのか、明確に分かっている必要がある。
3. スキルとのマッチ: スキルは伸ばされるべきだけど、圧倒されてはいけない。
4. 即時的で明確なフィードバック: 明確で定期的な、リアルタイムなフィードバックを受け取る必要がある。
5. モチベーション: 何度も何度もチャレンジを乗り越えたいっていう気持ちが必要。

テトリスって、フロー状態を引き起こしやすいゲームとして有名ですよね。テトリスは、落ちてくるテトリミノを、できるだけ早く適切な場所に配置していくっていうパズルゲーム。テトリミノが画面に現れると、それがチャレンジになる。で、うまく配置できると、すぐにホッとするし、その喜びが、またやりたいっていう気持ちにさせる。自分のスキルを伸ばせるレベルでプレイして、上達すればするほど、難しくなっていく。テトリミノがどんどん速く落ちてくるようになって、努力と快感の対話が、スピンに変わっていく。そして、すぐにゲームに没頭して、努力がほとんど必要なくなる。

チャレンジとその解決による、努力とフィードバックの障害物競走は、色々な時間軸で起こりうるってことですね。例えば、新しい製品のデザインを考えている場合、最終的なデザインができるまでチャレンジは続くけど、何かアイデアが浮かぶたびに、一時的にその緊張感が和らぐ。スポーツでは、ゲームに勝つことが最終的なチャレンジだけど、練習してきた動きができた時とか、触覚的なフィードバックを受け取った時、または得点した時に、一時的な達成感を得る。

同じようなパターンは、様々な知識労働の分野で見つけることができるらしいです。例えば、ソフトウェアエンジニアリング。プログラミングは、フローを引き起こしやすい仕事として知られていますよね。書くべきコードをセグメントに分割して、各セグメントを個別のチャレンジにする。各セグメントの最後にコードが正常に実行されて、次のセグメントに進むことで、チャレンジと解決の対話が維持される。

それから、創造性。アート、文章、音楽とかもそうですよね。芸術家、作家、作曲家が、未解決のコンセプトに悩まされ、それを具体的な形にするまで苦しむっていう話は、よく聞くじゃないですか。章や音楽の一節が形になると、チャレンジが一時的に解消されて安心感が生まれて、作品が完成するまで、チャレンジと解決の対話が続く。

デザインもそう。デザイナーは、頭の中にまだ実現されていないアイデアを持っている。継続的なチャレンジは、それを具体化すること。全てのアイデア、全てのデザインの決定が、チャレンジを一時的に解決して、報酬のように感じられる。そして、次のチャレンジが表面化して、サイクルが何度も繰り返される。

学習も、このフローを活用できるみたいです。オンライン学習コースでは、各モジュールの後にテストを実施して、難易度を調整することで、学習の進捗を正確に管理しているらしいですね。各モジュールでは、テストの成績が約80%になるように、新しい教材が導入される。もしテストの成績がそれより低ければ、次のモジュールは簡単になり、成績が上がれば、難しくなる。これにより、最適なチャレンジレベルが維持され、テストがフィードバックになる。

それから、職場のゲーミフィケーションっていうのもありますよね。職場では、退屈な仕事を少しでも楽しくして、従業員のやる気を引き出すために、ゲーム業界の手法を使うことが増えてますよね。これらの戦略の多くは、チャレンジとフィードバックという主要な原則を中心に展開してるから、内発的動機づけの概念と密接に関わってる。例えば、倉庫で棚に商品を並べるっていう単調な作業でも、同僚とどっちが速く棚に商品を並べられるかを競争すると、途端に面白くなる。決められた数の商品を移動するたびに、ビープ音が鳴ってバッジがもらえる「進捗トラッカー」も、退屈さを軽減する。前者はチャレンジを提供し、後者はフィードバックを提供する。この二つを組み合わせると、棚への商品並べが二人用のゲームになる。上手く調整すれば、フロー状態になって、棚への商品並べを楽しくやりたいと思えるようになるかもしれない。

ユウカイ・チョウっていう人が書いた「Actionable Gamification: Beyond Points, Badges, and Leaderboards」っていう本の中で、バッジは、チャレンジを克服した直後に与えるのが一番効果的だって強調されてるみたいですね。これは、フローにおけるチャレンジとフィードバックの対話、そして、内発的動機づけに不可欠な努力と報酬の関係の重要性を強調してる。競争やバッジだけでなく、リアルタイム分析を備えたダッシュボードや、チェックを入れるたびにポイントがもらえるTo-Doリストを使って、チャレンジとフィードバックの勢いを維持している職場もあるみたいです。

で、職場での内発的動機づけを高めるためにはどうしたらいいかっていう話になるんですけど、コードの行を調べたり、難解な問題を解決したり、法律用語で書かれたレポートを読んだり、知識労働の全ての側面がゲーミフィケーションできるわけじゃないけど、どんなにつまらない仕事でも、ある程度のチャレンジと喜びを生み出すように工夫することはできると思うんですよ。

職場に自主性が与えられて、行うタスク、順序、ペースを自分で決められて、常に何かの分野で改善できるような場所は、内発的動機づけの機会が増える可能性が高いですよね。外から紐を引っ張るような、物質的なインセンティブは、内発的動機づけを妨げる。ステータスを得るためとか、金銭的な報酬のためとか、何か別の有形の報酬のために何かをしてると、意識が報酬に向かってしまって、内なる喜びが得られるはずの過程をないがしろにしてしまう。内なる喜びは、行動の結果ではなく、行動の過程で生まれるものなんですよね。

だから、人々が仕事そのものを楽しめるようなエコシステムを構築するための六つの方法っていうのがあって。

1. 全員の役割を明確に定義して、何か達成された時に誰に感謝すべきかをチーム全体が把握できるようにする。
2. 何をすべきか、どうやってそれを実行するかを全員が理解できるように、明確なロードマップを提供する。これにより、全員が努力と報酬の比率が最大になる場所を知ることができる。
3. 全員の個人的な情熱、スキル、目標を特定して、可能な限り、それに合ったタスクを割り当てる。
4. 結果に関わらず、努力の過程を評価して、何らかの方法で報酬を与える。例えそれが感謝の言葉であっても。
5. 揺るぎない公平性の文化を育む。報酬(賞賛や表彰を含む)が不公平に分配されると、従業員は努力が報酬に繋がると期待しなくなり、チャレンジと解決の対話が断たれてしまう。
6. 疲労、退屈、ストレスを注意深く監視する。これらは、内発的動機づけと同義の精神状態から押し出し、フロー状態になるのを不可能にする。これらがスキルとチャレンジのミスマッチの結果である場合は、そのミスマッチを修正することで、内発的動機づけのための最適な状態を作り出すことができる。

内発的動機づけに繋がる全てのルートに共通するテーマは、「未知への拡大」。フローはスキルを伸ばす時に生まれるし、学習の進捗は、まだ知らないことを学ぶことを意味する。

不確実性を感じた時、チャレンジに立ち向かうために自分を伸ばし、それを乗り越えるために自分のリソースを動員する時に感じる緊張感は、青斑核ネットワークから放出されるノルアドレナリンの急増を反映している。そのノルアドレナリンは、脳の神経終末全体に拡散し、新しい繋がりを作るように働きかける。脳はより柔軟になり、形を作りやすくなり、古いルールを振り払って新しいルールを学びやすくなる。このプロセスは、人々が時に激しいチャレンジの瞬間に感じる高揚感、「生きている」感覚を説明する一因となるかもしれない。ある意味で、緊張感は未知との衝突から来ていて、生きている感覚は、未知に足を踏み入れるスリルから来ているのかも。

未知へ拡大する時に「生きている」と感じるように進化してきたのは、既知の存在範囲を拡大しようとする衝動が、私たちを生き延びさせてきたからかもしれない。知識を常にアップデートし、増強し続けようとする絶え間ない衝動は、突然の、あるいは壊滅的な変化が起こった時に適応するのに役立ち、祖先たちの命を救い、私たち自身の命を与えてくれたんだと思いますね。

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